2011年5月11日水曜日

「雨音に気づいて〜、遅く起きた朝は〜♫」

「雨音に気づいて〜、遅く起きた朝は〜♫」は、荒井由実(松任谷由実)の「12月の雨」。昔の名曲。
http://www.youtube.com/watch?v=AdkJJChlDNE
今朝、心地良い熟睡感の中目覚めて、時計を見たら「あ、5時50分!」。
バタバタ起きて、3km走った。
通算3773km,連続1234日目(お、数字の並びが良い)。
久々のまとまった雨だ。
天気が良いとか悪いとか言うけど、夏の渇水が予測される今の福岡にとって、まとまった雨は「良い天気」。何事も「禍福は糾える縄の如し」。
今日は「企画書コンペ」の締切りが2件、「新規商談の初回訪問」が1件、「ハタチを迎えた大学男子のお祝いパーティ」が夜に。楽しい1日になる

2011年3月27日日曜日

暁闇という言葉

前回も書いたが、ここのところ悩ましい日々が続いていた。

「困難にぶつかったら、まず行動」と自分に言い聞かせ、いろいろ動いた。
まだ、下駄を履いたわけではないけど、だいぶ光明が見えてきた。
エンジニアではないし、社長ばっかりやってたので、現場にどっぷり浸かった経験は実は少なかった。
震災対応でオロオロする官邸と同じで、情けない日々だった。

そんな中で、若手のチームワークが光っていた。
チームは、部署をまたがって結成されているので、いろいろ整理することは多いのだが、それを飛び越えて連携がとれていた。

チームワークを支えているのは、志と友情だ。
支援する側は、自部署の作業との掛け持ち。時間の捻出は、深夜や徹夜という尋常でない時間帯。それでも彼らは支援してくれた。

社外の方も多く関わってくれて、彼らも同様に困難な短期勝負を乗り切ってくれた。
こうやって、本当のチームができていくんだろう。

福岡の30代のエンジニアたちは素晴らしい。
コミュニティでの勉強会の絆から、実際のプロジェクトを乗り切った、本当の、かけがえのない絆に変化した。

こうやって、福岡力を高め、下請けの街、支店の街から、自立した街への転換を図っていきたい。
その一歩になりつつある。

私は、今回の件で、非常時のリーダーシップって何だろうと考えた。
何はなくとも、一緒に時間を過ごすことも大事と思った。
非常時に理屈は通用しない。

そういう意味では、私は、今回、大きく株を下げた。

関西で暮らしている長女が、私のこのブログを読んでくれている。
ちょうど夕方、携帯をスマートフォンに替える件で電話で相談がきたので、「最近全然書けてなくてゴメンね」と言ったら、「ママから忙しそうだって聞いてるよ」との優しい言葉。
この子も大人になった。

困ると、人の優しさ、暖かさがわかる。
もっと謙虚に生きていかないと。

暁闇(ぎょうあん)という言葉がある。
夜明け前の漆黒の闇を指す言葉だ。
夜の闇が暗くなれば、暗くなるほど、夜明けが近いということだ。
好きな言葉だ。

2011年3月7日月曜日

amazon「東京リージョン」という「静かな、そして確実な衝撃」

先週末に、「Amazon Web Services ユーザグループ」の全体会合が東京であって、参加してきた。
東京で開催された、クラウド系イベントに合わせての開催。

タイミングは、 amazon「東京リージョン3月3日サービスイン」という、日本にとっての歴史的瞬間に符号したもの。



海外データセンターにありがちなネットワークレイテンシーの解決、データの東京リージョン内での保持など、今まで「Amazon Web Services」を選択しなかった理由のほとんどが解消された。

唯一残った精神的障壁は、「やはりパトリオット法は及ぶ範囲」という点だけだ。その気分もやがて解消されていくだろう。

クラウドセミナーでのパネルを聴いたが、「カニバる」という言葉が心に残った。

「カニバリズム」とは、人間が人間の肉を食べる行動のこと。

比喩表現で、現実的には、「クラウド事業を伸ばすと、自社のサーバ事業が減る」というような悩ましい現実を指す言葉。

片方で熱狂しながら、片方で冷笑する。お酒を飲んでも、酔い切れない感じ。
最先端にいる人たちも、私たちと同じ悩みを持っていること実感した。

もちろん、amazonの方たちは「ITデモクラシー」を志しているし、それはITユーザの幸せでもある。
そのことに全く異論はないし、彼らは素晴らい人々だ。

これから5年ぐらいかけて、パラダイムシフトが徐々に、確実に進んでいくんだろう。

2011年3月4日、私は「その始まりの現場」に居合わせた。

久々に凹み中・・

久々のブログになる。

3月に入って、忙しすぎて書けなかったというか、バタバタぶりが格好悪すぎて書けなかった。

去年の後半から、面白い仕事がいろいろ取れたが、いざ納入時期に入って、産みの苦しみを味わっている。
 何より、社内への説明が格好悪い。

日々、「変革」だの「新しい仕事へのチャレンジ」などと鼻息が荒いので、いざ自分がうまくいかなくなると、説明が難しい。

この3週間ぐらいで意外だったのが、予想を超えて、身内が優しかったこと、手を差し伸べてくれたこと。

今日も経営会議で、初めて惨状を報告したが、全く予想を超えて、優しい表情での対応だった。
「そんなことはよくありますよ」なんて、優しい表情で。

彼らが、今まで現場でどんな苦労をしていたか、私はよく知らなかったのかもしれない。ようやく同じ土俵に立てたのかもしれない。

「健康な人は、病気がちな人の苦しみはわからない」。
「仕事で苦労したことがない人は、人の苦労はわからない」。

「この凹んだ感じを、今年の糧としよう」と、今日思った。

2011年2月21日月曜日

facebookというパラレルワールド

中東の民主化運動がfacebookで加速した。
チュニジア、エジプトの政権崩壊に続いて、今朝のニュースは、リビアの民主化デモでも200人死亡とのこと。
リビアも時間の問題か。

About CheckFacebook.comでも、中東の国のfacebook登録者の増加は目覚ましい。


まだSNSを知らない人は「あ〜SNSだろ、やればわかるからまだいいよ」と言う。軽いコミュニケ−ション手段程度の認識だ。

昨晩のNHKのドキュメンタリーは、中東民主化革命にfacebookが果たした役割についてのレポートだった。
チュニジアもエジプトも、SNSの威力に、当初はそこまで警戒感は持っていなかったことが伺える。
現状に強い不満を持ち、それを抑圧され続けてきた民衆が、政府に気づかれずに情報を交換できる手段を持ったことは大きかった。

国家にせよ、企業にせよ、リアルな組織はそれなりに力と実体を持ち、物理的な引力で人をまとめている。
インターネットなりSNSがない時代は、リアルな組織が未成熟で不満に満ちたものでもそれで十分だったし、人々もそれ以上考えようとしなかった。


ところが、SNSを使いこなしてくると、リアルな組織ともうひとつの「パラレルワールド」を手に入れることになる。

実際に知っている人との関係、知人ではないが意見を同じくする人との関係。
その世界では、様々な情報が驚くべきスピードで交換され、咀嚼され、何が正しいかという理解が深まり、あらゆるものが白日のもとにさらけ出される。

リアル組織を取り仕切る人たちの無能さや傲慢さや不勉強さは、SNSの中で幅広い交遊関係をもつ人からは、すぐに看破される。
彼らは何も発信していないし、何も社会に貢献していない。
リアルな組織の中枢にいる人間は、もっとSNSの脅威を理解しなければならない。

だからといって、SNSを恐れる必要はない。
志を持って、正しい努力を続けていることも、明らかになるからだ。
この時代は、無理に自慢することもないし宣伝することもない。
きちんと生きていて、そのことを静かに発信し続けていれば、そのことがSNSの中で、自然と伝わっていき、静かな信頼感が生まれていくからだ。

心の中で何を感じ、何を思っているかが人に伝わりやすい時代。
今年の終わりには8億人と予想されていたfacebook登録者数。
中東での歴史的役割の影響で10億人に達するかもしれない。

人口だけではなく、ネットでのつながりまで含めると、「中国・インド・facebookで」はなく、「facebook・中国・インド」の順になる。
2011年は、地球上に初の「ネット国家」が誕生した年として、歴史に名を刻むことになるかもしれない。

2011年2月13日日曜日

半分「東京」で、半分「福岡」

今日も3km走った。通算3512km(連続1146日目)


2月も半分が過ぎようとしてるが、おかげさまで濃い日々を過ごさせてもらっている。
1月31日〜2月2日と東京にいたが、久々に大学時代のバンド仲間に会った。


大学のクラブだったんで、学年は入り交じっていて、今回は2学年下まで集まってくれた。
同学年は6人いるけど、二人物故者で二人は海外勤務。

今回集まったメンバーの中で、30年ぶり(卒業以来)のメンバーが4人。
ふたつ下のべースが、飯田橋でバーをやってるので、最後はそこに行って盛り上がった。

チャメっ気のあるやつで、昔のレパートリーCRUSADERSなんか流してくれて、もう気分は学生時代。
私が3年の時に入部したドラムの子に、「パーカッションが向いているんじゃない」なんて言ったのがきっかけで、彼は現パーカッションプレイヤー。
今更ながらにお礼を言われたが、まあこっちもあの頃は無責任なもの。
真にうけた彼が素晴らしい。

しかし、大人になって、いろいろな人との付き合いが続いているけど、20代を挟んで出会った、たった数年しか一緒にいなかった仲間たちが、30年を経て「よ!」という感じで再会できるのは何なんだろう?

みんな、社会ではいろいろな立場なんだろうけど、あっという間に20数歳のあの頃の顔。
 都立三鷹高校の同窓会もそうだが「九州の森が来るから!」というお題が、良いきっかけになるらしい。
近くにいると、いつでも会える感があって会わないのかな?

私は人生の前半が東京人で後半が福岡人。
多感な時期を東京で過ごしたので、いまでも自分の街のよう。

2011年2月8日火曜日

最高と最低

今朝も5時に起きて3km走った。通算3500km(連続1142日目)。
福岡に戻るまであと300km(100日)。
次は、四国のお遍路道をバーチャルで走ることになっている。


気づいたら、2月に入って全然ブログを書いてない。
新しい仕事やらイベントやらものすごく充実して、書くことは山ほどあるのだが、2〜3月は拡げた仕事の納入の時期。
拡げるのではなく、たたんでいく季節。
大きく広がったものをたたむことに経験がない。
結果、いろいろな問題が噴出→ブログの気分ではない、という循環。
最高と最低が同居する状態は、大いなる変化への過渡期なんだろう。

今週末は幸い3連休。たまりにたまった仕事をこなさなければ。