2010年12月14日火曜日

まばゆさに「言葉を失った・・・」

今朝も5時に起きて3km走った。 
通算3331km(連続1086日目)。
 

今日も雨の朝だった。
 このところずっと雨は降ってなかった。
良い天気、悪い天気と言うが、雨は恵みの雨でもある。


土曜日の夜に、神戸ルミナリエに行ってきた。

 会場は、阪急三宮を出て市役所方面に歩き、すぐのところ。

ところが、駅を降りると、元町方面への誘導案内が。
おかしいな?と思いつつ歩き始めると、歩行者は大きく迂回させて
混雑を避ける策のよう。
経験したことのないような、人の渋滞。
思いのほか、歩かされてしまった。

そして、苦労の甲斐あって、ようやく会場に到着。

何故、人は「無量の光」に誘われるのだろう。

あまりのまばゆさに、言葉を失った。

「言葉を失った」ので、あとは写真を見てください。








2010年12月13日月曜日

長女との時間

今朝も5時に起きて3km走った。
通算3329km(連続1085日目)。
冷たい雨と構えて出発したら、大したことはなかった。

この週末は、土曜日に、次女の大学の「吹奏楽定期演奏会」があった
ので、西宮(兵庫県)に行った。


うちは長女、次女とも、不思議な縁で、関西学院大学に進学した。
5学年違うが、部活も、応援団総部に属する、チアリーダー部と
吹奏楽部。

アメフトの応援などで、一緒に頑張る部同士という奇妙な縁。
部が違うのは、二人の個性の違い。
住んでる駅も、ひと駅となり。

長女は、関西のホテルグループの営業で2年目。
仕事の人間関係で悩んでいる。


彼女も私も忙しく、会う機会も話す機会も少ないので、状況はよく
わからないが、要するに「さばけない」のと、それが気に入らない
上司との軋轢のよう。

彼女に伝えたかったのは、「努力をすること」と、「思いの力」と
「時間が解決することもある」ということ。


一昨日の夜、次女の演奏会が終わって、帰りの電車で偶然帰宅中の
長女にばったり会った。引き寄せの力を思った。

少し、話す時間を持てたし、昨日もdocomoの携帯の名義変更で
時間を共有した。

ホテルの営業の仕事は大変そうだ。
自分が経験してないことには、うまくアドバイスできないが、表情
を見ていたら、大丈夫だという確信が持てた。
「脳天気」な私の娘だからだ。

ところで、携帯の名義が、中1から11年目で、彼女自身に移った。
住民票はとっくに別だし、そういう意味では、どんどん親から自立
している。嬉しいような寂しいような。

ただ、社会人の先輩としては、まだまだ手本にならないといけない
という気持ちもある。


子育ては面白い。
これが、我が人生で、若い時には「思いもよらなかった事実」だ。

「主客転倒」という言葉があるが、そのように、どちらが育て、
どちらが育てられているのかは不明。親子とはそういうものだ。
遠く離れていることが、それを一層際立たせる。

明日は、神戸ルミナリエの写真をアップ しよう。

2010年12月11日土曜日

「志をもつ」ということ

今朝は9時に起きて3km走った。
通算3320km(連続1082日目)。

3年前から、ITの世界で一流の人たちを身近に見る機会が増え、
何となく「自分も人に影響を与えられる人になりたい」という
気持ちを持つようになった。

「そのため」という強い気持ちや、「明確な何か」があった訳
ではないがとにかくいろいろな「場」に行ったし「知識」や「人」
と数多く触れ合ってきた。
ホーム&アウェイで言うと、アウェイの世界。
年齢も様々というか、年下が圧倒的に多い。

明確な目標がなかったからこそ、ニュートラルな気持ちで触れ合う
ことができた。「触れ合うことそのもの」を楽しめた。

その時々で、「何のためにやっているのか」とか「それはビジネス
になるのか」と、何度となく問われることがあったが、明確な回答
はできなかった。
会社経営者としては、失格である。

でも、「いくら聞かれても、わからないものはわからない。」
わかるだけの実力がなかったからだ。今は素直にそう思う。

「昔から夢は何か」と聞かれるのがイヤだった。
明確なものを持っていなかったからだ。

行動していくことで、最初アウェイだった場所が、いつの間にか
ホームになっていった。
また次のアウェイを探していき、いつかそこもホームになった。
いつの間にか、福岡のオープンソースの世界で、アウェイがなく
なっていた。どこに行っても、知り合いばかり。

それに符合するように、今年になって、「なんとなくやってきた
こと」のひとつひとつが、ものすごい勢いで繋が始めた。
最初は、そのことに気づいていなかった。本当にそれに気づいた
のは、この数か月ぐらい。

できれば無駄のない人生を歩みたい。合理的・効率的に生きたい。
要領よく生きて行きたい。50年間、ずっとそう思ってきた。
「チャンスがあれば頑張れる」、「やるべきことがわかっていれ
ば何とかできる」。
それは幻想だということに少し気づいた。

人生の課題は、出題範囲が決まっていない「試験」のようなものだ。
出題範囲が広過ぎて、何をやっていいか途方に暮れる。
「呆然として立ちすくむ」か、「とにかくやってみよう」と思うか
で、人生の風景は変わってくる。

志が明確になった瞬間、「とにかくやってきた星屑の数々」が、
ひとつひとつ「志」という中心に向かって集まってきて、大きな
輝きになってきた。
ずっと大した「志」もなく生きてきたことが、皮肉だが良かったの
かもしれないなどと言えば、そうでなかった、私よりはるかに素晴
 らしい方々に失礼だが、素直にそう思う。

昨日は、会社の「半期経営説明会」だった。
3年前に、自分自身の「いろいろな誓い」を宣言した場所。
3年前、宣言をしながら、表情がこわばり、後戻がりできない恐怖
感を味わったことを思い出した。

昨日の資料を作りながら、3年前にわからなかった「志」に行き
着いた。
それは、
「ITエンジニアとは、ITの可能性・面白さを自ら体現し、それを
社会に伝えていく職業である」
ということ。
当たり前のことだが、心からそう思った。

さっきも、志を同じくする仲間と、来年起こしていくいろいろな
試みについて打合せした。
お互いに影響を与え合い、情報を共有しあい、仲間を共有しあう。
それをtwitterやfacebookなどのソーシャルネットが下支えする。
気持ちが高揚し、アイデアが浮かび、すべてが可能だという充実感
に至った。

「過去を振り返ること」、「まだ来ない来年に思いを馳せること」
はこのぐらいにして、まだまだ、今年のうちにやるべきことがたく
さんある。

来週も「打合せ」と「出会い」が満載。

2010年12月9日木曜日

「気負い」から「高揚感」に

今朝も5時に起きて3km走った。
通算3317km(連続1081日目)。

毎日会合や懇親会で帰りが遅く、ブログを3日休んでしまった。

この3日もいろいろなことがあった。
とにかく人と会うこと、そして決断を必要とすることが多い。
もちろん、すべて大きなチャンスに繋がっていくことだが。

チャンスに巡りあっても、それが自分の実力に見合わないと、私でもため
らうことが多い。
最近決めていることがあって、それは「迷ったら思い切ってやる」という
ことだ。
前向きに決断することで、世界が広がっていくし、同じ志をもつ人たちと
時間と経験を共有できる。

今日は、amazon、Google、Azureと「クラウド3役揃い踏み」のセミナー
だ。

ちょっと前までは、ただの参加者だったが、今回は主催側・協賛側。
事例発表では担当者が登壇することに。

思い起こせば、3年前からいろいろなセミナーに参加しては、「いつか自分
も講演や発表ができるようになりたいものだ」と思っていた。

立場を「こちら側」と「あちら側」という言い方をすると、かなり「あちら
側」に入り込めた。
でも、入り込んでみると、「あちら側」の中にも、「こちら側」と「あちら
側」があることがわかる。まだまだ道半ば。

この3年、ITの世界で、トップランナーたちのグループ(あちら側)に追い
つくこと、それだけを考えて突き進んできた。
トップランナーたちと絡むと、そのスピード感がすごい。必死でついていく
中で置いていかれない体力が少しずつついていく。
また、自分なりのポジションも見えてくる。

しかし、自分(自社)のことも大事だが、ITはユーザを幸せにして、初めて
存在価値がある。
「その視点をもつIT屋」として活動していくのが、私のミッションだろうと
最近思うようになった。

明日の午前は、お客様へのプレゼン、夕方からは、会社の全体会議(年2回)。
そう言えば、3年前の全体会議での「自己変革宣言」からいろいろなことが
始まった。
気負い続けた3年間だったが、今は気負いは抜けてきた。
実績がないから気負わなければいけないわけで、実績が伴ってきたら、
言葉や態度で虚勢を張る必要がない。

「気負い」が「高揚感」に、今日、会場への歩みを進めながら、そう思った。

2010年12月6日月曜日

川の流れのように

今朝も5時に起きて3km走った。
通算3308km(連続1078日目)。

日中はかなり暖かくなるとの事だったが、確かに寒くはない。
昨日も書いたが、土日は出ごとがなければ、大体1日中仕事をしている。
平日は、人と会ったり、打合せだったりで、まとめてものを考える時間が
とれないからだ。

昨日、ブログを書いたあと、数人の方から ツイッターでメッセージが届いた。思いがけない反応が嬉しかった。


 ツイッターをしない人には説明が難しいのだが、この何とも言えない緩い
つながり具合がいい。

ブログにコメントを残すというのは、なかなかハードルが高い。
それは記録してしっかり留まってしまうからだ。
ツイッターのタイムラインは、人の記憶と同じで、留めようとしなければ
川の流れと同じで、下流に流れさってしまう。かすかな余韻だけを残して。

言葉は流れても、その言葉をくれた人の記憶は、とても親身な感情として
心に残る。次に会った時に、ふとそのことを思い出す。

大げさな表現や、取り繕った笑顔があふれる時代だからこそ、ちょっとした
触れ合いが心に残る。
自室にいながら、多くの人と繋がることができる。
ツイッターの威力はすごい。


思い起こせば、今年の初めは、ほぼツイッターをしていなかった。
「もししていなかったら」という想像は難しいが、同じようなもので、
まだ取り組んでいないものがあるかもしれない。
そう思うと、まだまだ情報は必要だ。

私にツイッターを教えてくれた「師匠」とは、来週忘年会で会う。
そういえば、私の回りには、「年下の師匠」が多い。

偶然、ツイッターの画面の右下のに「あなたの類似ユーザー」で、
@sugmakさんが表示されていた。惜しい方を亡くした。
この方も、偉大な年下の師匠の一人だった。
当社のWEB事業の今があるのは、この方のおかげだ。

「@sugmakさんに喜んでいただけるような仕事をして、ご恩返しをしなければ」、と思った。

2010年12月5日日曜日

人生が加速し始める瞬間

昨日、今日は休みなので、夕方走った。
通算3305km(連続1077日目)。

珍しく余裕のある土日のはずだったが、金曜日に飲み過ぎてしまい、土曜日は半分寝て過ごしてしまった。
バンドの新曲2曲の採譜は、昨日のうちにはかどったが、今日の清書でリズ
ム譜を書き込むのに意外と時間が・・・。
で、もう夜。

 金曜日に、この12月にオープンする「福岡県Ruby・コンテンツ産業振興
センター」への入居申込書を提出してきた。
http://www.f-ruby.com/news/information/15
審査があるが、多分問題はないだろう。

この施設は、福岡県が、IT産業振興のために用意してくれた施設だ。
ベンチャー系や、新規事業に熱心な企業が多く入居する。
サテライトオフィスという位置づけが強い。

EC-ONEや、フライトシステムや、AIPや、ライトハウスや、ハウインター
ナショナルなど、この3年間、ずっと一緒に勉強会を開催し、情報を交換し
交流を深めてきた仲間と、晴れて「同居」。

変化の時代、自社の力だけでは絶対に乗り切っていけない。
時代が要求するものは、高機能で複雑で、短納期だ。

福岡で集っているエンジニアや経営者は、皆それぞれに「得意技」を持って
いるが、自力ではそれなりに行き詰りを感じている。

その仲間たちが、この3年間ずっと一緒に集ってきた「大きな信頼感」を
下敷きにして、プロジェクトに集結すれば、驚くことが実現できる。
その可能性の予感はあったが、今年に入って、次々と結実した。

AIPカフェの存在も大きかった。
多くのフリーエンジニアと知り合った。
ちょっと変わり者が多いが、心根の優しい、素晴らしい人たちだ。
彼らとコラボすれば、大抵のことはできる。

去年の年末に、今の状況が予測できたか?いや、正直予想できなかった。
今年取り組ませていただいた仕事は、それほどにエキサイティングなものが
多かった。

来年は、Rubyセンターでの活動が本格化する。
ただでさえ仲が良いメンバーたちが、ひとつ屋根の下に集い、そこで密に
交流し切磋琢磨し、そして、何より「チーム」を結成する。
何か大変なことが起きる予感がする。

1年後、私はこのブログに何を書くのだろうか。
「このようになっているとは、想像もつかなかった」と書くのは確実だ。

人生が確実に加速し始めた。

2010年12月3日金曜日

科学的、非科学的?

今朝も5時に起きて3km走った。通算3299km(連続1075日目)
12月なのに暖かい朝だった。

この2日間、サービスインを迎えるサイトの最終調整で、担当者は徹夜続きだったり、千客万来だったり、夜もあれこれ建て込んでいて、ブログが書け
なかった。

今や、サイトの制作は、複数の会社とエンジニアがネットで連絡を取り合い
顔も知らないメンバーと粛々と進めて行く。
サーバも「オンプレミス」と「クラウド」の組み合わせ。

原理的にはうまく行くはずなのだが、そこは人間のやること。
細かいところに「思い違い」や「思い込み」があり、それらがの相乗効果で
悪い方向に効いてくる。
こういうプロジェクトでは、ディレクタションが大変だ。
当社のメンバーたちはその役割だった。

徹夜で作業しながら、彼らを突き動かしていたのは、「責任を持ってやり
遂げる」という志だったような気がする。
問題を切り分け、構成するプレイヤー全体に、直接、間接に指示をしながら
自分の持ち分は担当しつつ、まさに獅子奮迅の活躍。
人の、そして若者の力に驚く。

チームに参加してくれた独立系のエンジニアたちもすごかった。
厳しい納期、難しい技術の組み合わせ。トップランナーが集まったからこそ
できた仕事だ。今年になって、このような経験を2回もした。

ところで、トラブルの時、私はエンジニアではないので、本質的に役に立つ
訳ではないが、合間をみて邪魔にならない程度にインタビューをする。
悠長な試みのようだが、当事者は思い込みがあるので、単純な部分に抜けがあったりする。
手順を丹念に聴いていくうちに、本人が「あっ!」と気づくことが多い。

それでもわからなければ、仏様か神様に祈る。
つまらないことだが、そうすることによって頭の中が澄んできて、アイデア
が生まれたり、何故かうまく動き出したり。

「そんな非科学的な!」と思うだろうが、宇宙を例にとると、宇宙全体の
物質エネルギーのうち、74%が暗黒エネルギー、22%が暗黒物質で、人類が観測出来る水素やヘリウムは4%ぐらいしかないことが分かってきている。

つまり、4%しか解明できていない科学をもって科学的というのは、非科学
的?


念ずれば通ず。
思いの力。
科学的か非科学的か?