2011年11月3日木曜日

光と陰

昨日「博多ライトアップウォーク2011」に行ってきた。

http://www.gokusho.info/info/eventinfo/2011/11/2010-1.html

「承天寺」「東長寺」「妙楽寺」「順心寺」「櫛田神社」などをライトアップするイベントで、夜陰に仄かな光で照らされる寺社は幽玄たる世界。


暗がりで視覚を制限されることで、別の感覚が研ぎ澄まされてくる。五感が満足なことは、かえって「何かが見えなくなってきている」のではないかと思う。

電気のない時代、人は暗がりのなかで、他の感覚をより働かせることを日常的に行ってきたはずだ。昼は光の中で、日没後は暗がりのなかで生きるのが自然なのだろう。


陰・影・蔭・翳、「かげ」だけでいくつもの漢字を持つ我々のモノの感じ方と歴史を思い出させてくれる素晴らしいイベントだ。


今回の会場になった、どの寺社も長年の風雪を耐えて現存する。
今、博多の街にある「新しい建物」は、例えば500年後の「ライトアップウォーク」の対象になるだろうか?500年後に残る建物は「現在の歴史的建造物」以外にはないのではなかろうか。
我々が現代に創り上げているものは、我々の時代に消費され、我々の時代にその役割を終える。どんなに時代や技術や科学が進んでも、将来の人たちに何かを残すようなモノはなかなか造れない。

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